IGPI’s Talk

『両利き経営』エグゼクティブセミナーレポート

日本企業の逆襲に向けて―― 改良型・破壊型イノベーションの両利き経営

スタンフォード大学チャールズ・A・オライリー教授の共著書『両利きの経営』がビジネス書大賞2020特別賞を受賞したのを記念し、オライリー教授、監訳者の早稲田大学の入山章栄教授、解説者のIGPI冨山和彦の3者が顔を合わせて、2021年4月21日にIGPI主催のウェビナーを開催しました。日本企業が既存事業の「深化」と新規事業の「探索」を両立させ、コーポレート・トランスフォーメーション(CX)を実践する際の課題やポイントについて議論しました。

【講演】

「Lead and Disrupt: Solving the Innovator’s Dilemma(リードと破壊:イノベーターのジレンマを解決する)」
スタンフォード大学経営大学院教授 チャールズ・A・オライリー

 企業は今日、技術やビジネスモデルにおける破壊的変化に直面している。2015~2025年にかけてS&P500社の半分が消えるとする調査結果があるが、これはアメリカに限られた現象ではない。企業が破綻する要因は、テクノロジーの欠如ではなく、リーダーシップにある。

 40年にわたる実証研究で、戦略、それを実行する人材とスキル、評価と報酬、組織文化が適合していないと、動きが遅くなり、競争で負けることが示されている。その一方で、過剰な適合性は構造的惰性につながり、特定事業で成功をもたらした調整力が新事業を阻んでしまう。

 変化に直面しながらも生き残ってきた組織には、転換をうまく仕切ったリーダーの存在がある。リーダーが直面するのは、中核事業、成長事業、変化の時代に対応する探索事業の3つを、それぞれ異なる調整力を用いて成功裏に進めるという課題だ。既存事業を成功させながら、その強みを生かして収益性の高い成長分野に乗り出すことが、まさに両利きの経営である。

 両利きの概念は非常にシンプルだが、実践は非常に難しいため、次の3点で規律あるプロセスを整備すべきだ。それは、新しい事業アイデアを生み出す「アイディエーション」(例、コーポレートベンチャーキャピタル、オープンイノベーション、デザインシンキング、ハッカソンなど)。小さな芽を育む「インキュベーション」(例、ビジネスモデルキャンパス、リーンスタートアップなど)。新事業がスキル、資金、人材、顧客へのアクセスを得て大きな成長を促す「スケーリング」である。

 その上で、次の5つがポイントとなる。①経営陣が一致して明確な目標を持つ。②ビジョンと価値観を共有する。③異なる調整力を持った別の部門を置く。④新事業が必要なリソースを獲得できるように注意する。⑤経営陣が根気強くやり抜き、緊張に対処する意欲を持つ。

 150年前、チャールズ・ダーウィンは「賢いもの、大きいものが生き残るのではない」と述べた。今日生き残れるのは、同時に2つのゲームができるリーダーのいる会社である。

【ミニプレゼン】

「日本企業で両利きの経営を阻む深因は何か」
早稲田大学大学院経営管理研究科教授 入山 章栄

 日本企業全般として、知の深化に偏りがちで、いかに知の探索を続けるかが課題となっている。その最大の問題は、経済学で言う「経路依存性(Path Dependence)」にある。会社では多様な要素が合理的に組み合わさってうまく回っているため、一部分だけを変えようとしてもうまくいかない。特に知の探索に対して、他の要素が抵抗勢力となる。

 両利き経営に求められるのは、CEOがビジョンやパーパスを長期で腹落ちさせること(センスメイキング)だ。また、現状のCEOの在任期間が短く長期経営がしにくいので、能力がある人は活躍し、問題があれば退かせるガバナンスの仕組みが必須となる。世界中から情報を取得し、無駄なことに時間をかけないためのITシステムやデジタルの仕組みも整備しなくてはならない。両利き経営ができる人材を育て、適切な働き方や評価制度にするHRトップ、IR活動で探索活動について投資家の理解を得るためにCFOも重要である。

 現状は経路依存性により、こうした要素がうまくかみ合っていない。両利き経営をするためにも、会社全体を変革して、経路依存性の課題を打破する必要がある。

【ミニプレゼン】

「両利き経営力」を獲得するためにCXを敢行せよ!」
株式会社 経営共創基盤 IGPIグループ会長 冨山 和彦

 現在起こっている破壊的イノベーションはゲームチェンジをもたらし、戦略的に多様性がないと、既存事業だけでは衰退してしまう。特に、デジタル革命や破壊的イノベーションの波をかぶると、いわゆるスマイルカーブ現象が加速していく。つまり、産業構造がデジタル化すると、川下(サービスプラットフォーマー)と川上(キーコンポネントサプライヤー)が強くなる一方で、川中の既存ビジネス(ハードウエア製造)は新興国の低コスト攻勢を受けて、収益が大きく押し下げられる。しかも、品質向上のために多額の技術投資を行ってきた川中プレイヤーは報われず、川下のサービス事業者に利益を吸い上げられる傾向がある。

 したがって両利き経営では、レイヤー構造として産業や事業を理解し、勝負するレイヤーの選定が重要になる。従来の地上戦(リアル空間)レイヤーだけでは、空中戦(サイバー空間)レイヤーのプレイヤーに対抗できないので、地上戦力と空中戦力の両利きとなり、陸海空を併設運用できる組織能力を持たなくてはならない。

 既存事業で稼いで探索領域に投資できるように、赤字事業からの撤退も含めて、腰を据えたコーポレート・トランスフォーメーション(CX)は欠かせない。その仕掛けどころとして間違いなく効果があるのが、ガバナンスと社長指名である。さらに、将来リーダー層の育成や評価処遇体系、固定費改革、ポートフォリオの入れ替え、新規事業の立ち上げなどを起点として果敢に取り組めばCXにつながる。コロナ禍で流動性が高い今は、そうした変革のチャンスである。

【パネルディスカッション】

両利き経営における日本企業の課題

日本企業の未来は明るい?

オライリー 入山さんと冨山さんは日本の組織についてだいぶ悲観的ですが、私はもっと楽観的です。確かに組織全体を変えようとすれば大変ですが、両利きの経営はそういうことではありません。成功したことは続けて深化させ、探索事業を切り分けて変化を追い求める。スケールアップの段階では多大な投資が必要ですが、実験にはそれほどお金はかかりません。一部企業は全社変革が必要だとしても、ほとんどの企業は小さな事業を立ち上げて、儲かるとわかったら育てていけばいいのです。

入山 日本全体のムードが悲観的なので、私の見方も偏っているのかもしれません。ただ、短期的に探索的な組織をつくれても、長期で続けることが日本企業は苦手なように見えます。

オライリー それは日本に限らず、世界中の大企業が抱える問題です。たとえば、私は7年にわたってIBMを研究しました。IBMは一連の新事業を立ち上げ、5年間で150億ドルもの収益を上げました。ところが、新しいCEOを迎え入れると、そのプログラムは打ち切られ、AI「Watson」に大きく賭けて失敗しました。

冨山 探索領域に求められる変異幅が比較的小さければ、成功するけれども、ある種のクリティカルマスに到達できないと古い文化に凌駕されます。特に、ずっと地上戦で戦ってきた組織が、サイバー空間でビジネスをするのは相当大変で、おそらく、ソニーが直面した問題もこれに該当します。どれほどエンタテインメント分野の「鬼滅の刃」がヒットしても、OBを含めて組織全体が第二のウォークマンを強烈に期待する。そこは、リーダーが自覚的に新領域を保護しないといけないけれども、古い価値観はなかなか切り捨てられない。

 その理由の一端は、日本のCEOの97%が内部昇進していることにあると思います。アメリカも8割が内部昇格ですが、ずっと1社で育ってきたわけではない。日本は8割が1社の経験しかなく、まさにミスター経路依存性で、モノカルチャーに染まっている。そこを変えていかないと、何も変わりません。

オライリー 反論になりますが、外からCEOを呼べば解決するわけではありません。なぜHP(ヒューレット・パッカード)が破綻したかというと、外部から招聘したカーリー・フィオリーナの決断が間違っていたから。コダックに招き入れられたジョージ・フィッシャーも変革しきれませんでした。その一方で、マイクロソフトのサティア・ナデラは22年の経験を持つ生え抜きです。両利き経営で技術変化を乗り越えた富士フイルムの古森重隆さん、武田薬品の長谷川閑史さんなども、ずっと同じ会社です。アメリカ企業のエビデンスを見れば、外から呼ばれたCEOも生え抜きと同じくらい失敗しています。

冨山 確かに、外から引っ張ってくることがいいとは限りません。ただ、サラリーマンの延長戦上ではなく、明確にリーダーになろうという意志と相応のキャリアを持つ人をトップにすべきです。たしか武田の長谷川さんは社内で「宇宙人」と呼ばれていました。従来型ガバナンスでは、内部コンセンサスでトップを選ぶので、社内に敵の多いエイリアンタイプは選ばれない可能性が圧倒的に高いのです。

入山 たまたま巡り合わせが良くて、そういう方がトップになると、日本企業でも変化が起こるけれど、本来は、指名委員会できちんとエイリアンを選ぶ仕組みが必要ですね。

第2回戦で巻き返せる?

冨山 DXや破壊的イノベーションの波が押し寄せる領域は、サイバー空間に閉じたビジネスよりも、地上戦力と空中戦力の両方が求められる領域になっていて、たぶん日本の持っている地上戦力がモノをいう。そこは私も楽観的です。

オライリー 空中戦、地上戦という言葉を使われていますが、私はもともと職業軍人で陸軍に所属し、今も軍に協力しています。対等に近い敵対勢力や対反乱関係の脅威に対抗するためには空中、地上の両方が必要で、確かに二社択一ではありませんね。

入山 私がよく言うのは、日本はIT競争で1回戦は負けた。その理由は、インターネットやスマートフォンはオープンなホワイトスペースでの競争だったから。ただ第2回戦はIoT、人、動物にデジタルがつく時代なので、モノが良くないと意外にうまくいきません。中国が台頭していますが、モノづくりやサービスのクオリティが高い日本にも意外とチャンスがあると思うのです。

オライリー そうですね。1回はミスしたとしても、10年後に振り返ってみれば、日本企業が健闘したことに驚くかもしれませんよ。

冨山 そうなれば嬉しいことですが、ここで油断してはいけない。故エズラ・ボーゲル先生に「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と持ち上げられ、日本の経営者は油断してしまった過去があるから。

日本企業は長期志向か?

オライリー 私から見て、日本の経営者や組織がアメリカと比べて健全だと思うのは、長期的視点に則っていることです。以前、アメリカ企業のあるCEOは、将来性はあるけれど利益率の低い事業に投資しないという決定を下しました。理由は任期があと3年残っていたから。報酬の90%はストックオプションなので、新事業に投資すれば株価が確実に下がると考えたのです。この会社は今、失敗しつつあります。日本企業にはそうした問題はないように思うのですが。

入山 長期志向の可能性もあるかもしれませんが、日本企業の課題は経営者の在任期間が短く、4~6年で責任を持たないで辞めてしまうことです。

冨山 長期志向のように見えて、実際にはそうでもないと思いますね。長期的にやっているのは、社内で摩擦を起こすような厳しい意思決定を逃れる言い訳に使われている節がある。それから、チャールズの言うとおり、今やっていることの成果は5~10年後に出てくるので、就任直後の業績は前任者の成果であって、それで後任者を評価してはいけない。インセンティブ・システムのゆがみはガバナンスの問題です。

逆襲の鍵は両利き経営にある

入山 本日のセッションでは、チャールズが日本企業に対して楽観的なのは嬉しかったし、冨山さんが指摘するように、会社全体を変えれば強みを発揮できる部分が出てきます。今日の話が、企業の方々にとって、サイバーとフィジカルを生かして両利き経営を進めるヒントになればと願っています。

冨山 日本企業の持っているポテンシャル、地上戦力は価値があるので、両利きの経営ができれば、このラウンドは逆襲の大チャンスです。米中デカップリングも戦略的にマネジメントすれば日本にはチャンスになりうる。ただ、これは従来の延長線上では手にできない果実なので、本当に腹を据えて、遂行・断行すべき改革、つまりはCXを行う。そうすれば、10年後、20年後に未来の世代から私たちは感謝されます。ぜひそういった仕事をやっていきましょう。

オライリー いきなり会社全体を変えようというよりも、将来を発見するための実験を設計していただきたい。小さな賭けをやることが、両利きの経営です。賭けがうまくいき始めたら、会社のほかの部分を変えていけばいいので、皆様の健闘をお祈りします。

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