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#13 柏村 美生 × 田中 加陽子対談

「個の尊重」を徹底し、10年後の人材も働きたい会社へ

IGPIはさまざまな企業の人事戦略や人材育成をご支援していますが、多くの人事担当者が決まって挙げる先進事例やベンチマークが、リクルートです。リクルートホールディングス執行役員の柏村美生さんを迎えて、IGPI取締役CHROの田中加陽子が「戦略の実現に求められる人材育成」について対談いたしました。

柏村美生
株式会社リクルートホールディングス/株式会社リクルート 執行役員

1998年入社。『ゼクシィ』中国進出を社内の新規事業提案制度「Ring」に提案、現場責任者を務める。ホットペッパービューティー事業責任者、リクルートライフスタイル執行役員を経て、リクルートスタッフィング代表取締役社長、Recruit Global Staffing B.V. SBU Executive Officer、World Employment Confederation北東アジア代表に就任。2019年4月にリクルートマーケティングパートナーズ代表取締役、同11月にリクルート執行役員に就任。現在はリクルートホールディングス執行役員(PR担当)、リクルート執行役員(人事、広報・サステナビリティ担当)を兼務。

創業から脈々と流れる人材重視のカルチャー

田中 昔から人事戦略・人材育成のテーマはありましたが、より本腰を入れて、戦略の実現に向けた人材育成を推し進めていこうとする企業が最近増えてきたように感じています。リクルート社において、人材育成で大事にしてきたことはどのようなことでしょうか?

柏村 当社の起点となってきたのが「新しい価値の創造」と並んで、「個の尊重」というテーマです。実は創業期から、社内報などで「会社は一人ひとりの個性を尊重し、その自己実現・豊かな人生の実現を支援することだ」と経営陣が言及しているのです。その人自身が大事に思って成し遂げたいことを応援するために、会社が機会を提供し、それによってその人が成長する。今はそういう考え方も増えてきましたが、リクルートでは昔から大事にし続けてきました。

田中 創業者の江副浩正さんの「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」という言葉も素敵だと思っていましたが、それが脈々と流れているのですね。ただ、これが「文化」というレベルで長きに渡って受け継がれているということは、みんなが意識して口に出して他の人に伝え、言われた人がまた次の人に伝えているわけで、これには何かしらの仕掛けが必要だと思うのですが。

柏村 仕組み的なものとして、1つは採用へのこだわりがあります。社会や人、事業に対して強い意志や思いを持っている人を採用しているのですが、人事や面接を担当する社員は、何か一つでも「自分は敵わない」情熱を持つ人を採用しようとしています。リクルートはモノづくりの会社ではなく、人の情熱や違和感からビジネスが生まれ、育っていく会社です。だから、価値の源泉である人を大事にする仕組みには合理性があるのだと思います。

 もう1つは「Will-Can-Mustシート」です。半期に1度、上司と部下が1on1(ワン・オン・ワン)でミッション設定や振り返りをしますが、今の仕事で実現したいことや将来挑戦してみたいことというWillを確認したり引き出したりします。その後で、あなたのCanは何か、上司からどう見えるか。さらに、この半期でやらなくてはならないMustを話し合う。Mustの実施を通じてCanを増やして、その結果、Willが実現するように、三角形のバランスを重視しています。

 さらに、本人とやり取りをした後で、人材開発委員会で「この人の3年後を考えると、今のチャレンジでいいのか」と、1人1人の育成方針を部長やマネージャーが集まって議論するという非常にアナログ的なこともやっています。私も部長職の頃は、それに何十時間も費やしていました。

田中 加陽子
IGPI 共同経営者/取締役CHRO

Z会・ヤフー・TSUTAYAオンラインにて、戦略立案・新規事業開発、経営管理、事業部運営等に携わる。IGPI参画後は、情報通信・メディア業、教育産業、食品メーカー等に対する戦略策定・新規事業開発・実行支援、および戦略実行・持続的成長を目指した組織・人事制度設計、人材育成支援等に従事。
名古屋市立大学経済学部
ウェールズ大学大学院経営学修士(MBA)

互いの技や知見を共有しレベルを底上げする

田中 リクルート社の人事制度や施策を研究し、それを自社の制度として取り入れて何とか変革していこうとチャレンジしている企業はとても多いように思います。ただ、実際に導入して運用してみるとなかなか上手くいかない。とりあえず一歩は進むのですが、長年培ってきた企業文化は良くも悪くも本当に根深く、すぐに揺り戻しが来てしまう。私はさまざまな企業の組織人事の変革に関わるサポートをさせていただいていますが、大体取り組み始めて3年くらいで「変わってきたな」という感じで、5年くらいしつこくやり続けて、ようやく「定着してきたな」と感じることができる。そんな感覚を持っています。そこに至るまでには、マネジメントのコミットメントも大事ですし、すごくエネルギーを割かないといけませんよね。

柏村 そうですね。リクルートは60周年を過ぎた会社なので、その時代時代に合わせて人事制度や仕組みのアップデートを行ってきました。たとえば、「Will-Can-Mustシート」を入れたのは、ミッショングレード(役割等級)制が導入されたタイミングです。日本のメンバーシップ型とアメリカのジョブ型の中間のようなやり方だったので、かなり大きな変化でした。その準備として、全国のマネジャークラスを一斉に集めて研修を行い、その思想や運用を理解してもらい、1on1の練習もしました。

田中 1on1でフィードバックするためには、その人の特徴、得意不得意を見極めたり、どう伝えればモチベーションが湧くかなども理解しないといけませんよね。それには、かなり経験やスキルが必要ではないでしょうか。

柏村 その部分は人材開発委員会がサポートします。たとえば、1人が10人抱えて10人と向き合うだけでなく、多いときは数百人から1000人くらいのメンバーを一気に見ながら、みんなでフラットに議論します。自分1人で評価するのではなく、他の人の意見を聞くことで、人の見立てに関するスキルや、次にどう育成するかというバリエーションなどの技を互いに学べるのです。GMだけ、GMと部長、部長と役員で議論するなど、人材開発委員会の運用形態は多様で、次の体制やアサイメントもそこで決まります。時間も労力もかけて真剣に議論するので、精も根も尽き果てますが、すごく良い場だと思います。

田中 なるほど。それでフィードバックのレベルが底上げされるのでしょうね。これまで年功序列できた企業が大きく変えて、忍耐強く物事を進めるのはハードルが高いのは事実ですが、リクルートさんのように、それが実現できている会社が存在していて、ベンチマークになるというのはとても素晴らしいことだと思います。

柏村 そう言っていただけると嬉しいのですが、今後10年を考えると、会社の規模が大きくなり、サービスも変わったりしているので、私たち自身ももう一段アップデートしないといけないと思っています。

ダイバーシティと共通項をどうバランスさせるのか

田中 今や、いろいろな業界でデジタル化が進み、産業構造が大幅に変化しています。程度に違いはありますが、多くの企業が外部人材のスキルや経験を取り込もうと、労働市場に合わせて給与テーブルを改定して採用するなどの動きも活発です。ただ、実際にはうまく立ち上がらないケースをよく見かけます。異質な要素を取り込もうとしても、大きな赤い色の中に、ぽつんと白を入れたら結局は赤くなってしまう。一方で、その会社が大事にしていることを理解してもらう必要もあり、そこはある意味で同質化しないといけない。何をどこまで共有し、どこは違ってもいいのか。ダイバーシティの持ち方やバランスは皆さんが苦しんでいるテーマだと思うのですが。

柏村 そうですね。弊社でも、中途採用の方の入社が増え始めた時に、スムーズな受け入れに課題を感じ、丁寧なサポート体制の構築、企業としてのビジョン・ミッション・バリューの共有などに取り組みました。現在の人材育成の場では、個々人の強みや弱みを意識したチームづくりが話し合われることが増えました。この人はここが不得意だから、あの人のこの強みを合わせようと。その中で改めて、個々人の多様な経験により獲得されたケイパビリティがチーム作りに活きる場面は多いと感じています。

田中 そこでも個の尊重がベースになるわけですね。

柏村 そうですね。その人自身が大事にしている価値観、それから、得意でもやりたくないこともあるので、そこはしっかりと理解した上でチーミングする。私も自分のチームを組むときには、居心地の悪さをベースにしようと決めています。

田中 居心地の悪さですか?

柏村 例えば、何かを見るときに、人はそれぞれの角度から見ます。個々人が持つ強みが違っていればいるほど、異なる視点で見ることができます。究極的には、みんな同じ山に登ろうと思っているので、大事なことは一緒なのですが、なかなか意見がすり合わない。あうんの呼吸で進んでいかない。だから最初の頃は本当に居心地が悪いのですが、1年も経つと最高に良いチームになるんです。

田中 お互いがわかってくると、この場面はこの人がいい、この場面は私が出ると、うまく補完関係ができるのですね。

柏村 その通りで、おたがいの凸凹をうまく組み合わせる感じです。現在は、そこに少し科学を入れようと、FFS(Five Factors & Stress)理論を使って、個人の特性のスクリーニングをすることもあります。感覚に頼るだけでなく、論理がわかると、チーミングやマネジメントは良くなりますし、社員数が1.6万人にもなると、可視化が大切になってきます。また、逆に感覚によって無意識に持っていた偏見が取り払われ、新しい可能性に気付けることもあります。今後は、よりマネジメントの精度と効率を同時に上げていくために、データとアナログのハイブリッドを突き詰めていく必要があると考えています。

 日本社会は人手不足ですし、例えばIT人材やDX人材はどこも足りていません。さらに10年後には、義務教育でSDGs(持続可能な開発目標)を学び、プログラミング教育も普通に受けてきた高校生や中学生が、労働力のメインパワーになります。そういう時代に、自分たちの会社はどうありたいのか。

 そこで改めて思うのは、個の尊重の大切さです。今のリクルートは、今の時代にフィットした働きやすい会社にある程度進化出来たという実感はありますが、働き甲斐や本当の意味での多様性については、もう一段やるべきことがあると考えています。本当に個を尊重しきれていたら、ジェンダー・ギャップの目標など立てる必要はないはずですから。

10年後のあるべき姿からバックキャストで考える

田中 リクルートさんは10年後の姿を描いて、そこに到達するために「これは何%にするぞ」と決めて、しかも対外的に公表してしまい、その目標を達成するのが当たり前だと前進していく。その力がすごいなと思います。私もさまざまな企業の組織人事改革を進める際には、まずは10年後くらいを目安にその企業が保有すべき組織力を「エイヤ」と言語化してしまい、そこに向かって何をやるべきかを具体的に議論し、推進するようにしています。もし間違っていることがわかったらその時に修正すればよい、くらいの割り切りですね。10年後の姿をふんわりと置くのではなく、具体化して公表もする。外からの圧をうまく使って社内を変える力とするのは1つのやり方ですよね。その点では、ガバナンスコードも役立つと思っています。

柏村 ガバナンスコードも人的資本の情報開示の義務化も、企業ごとにうまく活用するといいのではないかと思います。リクルートではジェンダー・ギャップについて、2030年までにグループ全体の上級管理職・管理職・従業員の女性比率を50%にする目標を公表していますが、将来的にどういう会社になっているか、従業員が何人いるのかなど、そもそも不確定です。それでも、いったん目標を置けば、自分たちが考えられる範囲が広がります。よくわからないものよりも、ありありとシーンが思い描けるほうが、知恵や施策のバリエーションの豊富さ、考えないといけないことが具体的になるのです。

 それから、ジェンダー・ギャップは日本労働市場の全体テーマです。どの企業も一生懸命に取り組んで試行錯誤をしていますが、1企業だけでは解決できないことも多い。他の企業と一緒に取り組むほうが全体的にいい方向になるはずです。失敗することもあるのですが、日本の働き方のアップデートにつながることは積極的に発信していきたいと思っています。

田中 人材の流動化が進み、多様な働き方をする人が増えてくることを考えると、本来は企業における人材育成だけではなく、日本における教育のあり方も見直す必要があるのではないかと思っています。現状の枠組みでは大学や大学院などの「教育機関」と「企業」は分かれていますが、「人」に着眼すれば、多くの人は何らかしらの教育を受けた後に企業で働いているわけです。そう考えると、教育機関と企業がそれぞれ果たす役割が、将来活躍する人材像に向かってしっかりとつながっていたほうがいいと思います。

柏村 私は以前、世界中の労働市場について勉強したことがあります。日本は、新卒一括採用・年功序列といった労働慣習の中での課題もありますが、片や、これだけ20代の失業率が低い先進国はすごく少ない。何ができるかわからない子たちを丁寧に育ててきた良さもあるなと。だから、年功序列やメンバーシップ型雇用という日本の成長期を支えた人事制度を全否定する必要はないし、すべて欧米型に振っていく必要もないと思っています。今の時代、進出する市場や、自社の中長期戦略、特徴やケイパビリティに合わせながら、アップデートしていくことが大事です。

田中 最後に、人事育成で悩んでいる企業はたくさんあると思うのですが、何かメッセージがあれば。

柏村 リクルートも含めて、どこの企業も人手不足の中で変革やイノベーションの必要性を感じていると思います。10年後に社会に出てくる人たちは新しい教育を受け、新しい価値観を持っています。その中で良いビジネスを作ったり、良いサービスを社会に還元するために、本当にダイバーシティ・インクルージョンがより大事な時代になっていると思います。ただ、その受け止め方にはまだバラツキがあると思います。それが本当に欠かせないとどの企業も思えたら、また違う景色になるはずです。今までと同じ成長のやり方では難しい中で、企業の進化やアップデートに向かって一緒に取り組んで行けたらと思っています。

田中 私自身は、変わろうとする企業や人事の方を応援することを仕事の軸としてきました。世界でちゃんと戦える日本企業をつくっていきたい、サポートしていきたいと思っています。欧米企業のやり方をただ真似するのではなく、日本企業ならではの戦い方がある。1社1社それぞれ状況も違いますが、それぞれの答えをクライアント企業の皆様と一緒に探し、試行錯誤を繰り返しながら、世界で活躍する日本企業の1つの形を見つけていければと思っています。


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