IGPI’s Talk

#12 福本 智之 × 村岡 隆史 対談

経済成長の鍵「中国市場」、日本はどう向き合うか

グローバル・ビジネスにおいて中国の存在感が増しています。その一方で、政治問題など不確定要素もあり、中国ビジネスは難しいと感じる企業も少なくありません。IGPIのシニア・フェローであり、中国への造詣が深い福本智之氏とIGPIの村岡隆史が、日本がグローバルで勝ち抜くために中国をどう捉え付き合っていくとよいか議論しました。

中国流サステナブルな成長プラン「共同富裕」と「緑色発展」

村岡 IGPIは設立当初から、世界で戦うためにアジア地域を背負えるプロフェッショナルファームを目指してきました。中国企業による日本企業のM&Aの1号案件(秋山印刷)と2号案件(池貝)、その経営統合支援(PMI)に関わったご縁もあって、2011年に上海拠点を開設。私はその責任者を務めました。その後、尖閣諸島の問題で両国の関係が冷え込むなど、当初私が想定した形では成長しきれていません。その間にも中国経済は急発展し、気づくと、日本経済の3倍近い規模になっていました。

福本 外から見ると、すごい勢いで伸びた印象になるのでしょう。実際に2010年に中国は世界第2の経済規模になり、2015~19年の5年間の世界経済の実質成長への寄与ウエイトは、アメリカの19%に対して、中国は29%と、圧倒的に寄与していますから。

 ところが、中国の人たちの見え方はまったく違います。2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟後、ずっと10%を超える成長が当たり前だったのに、直近の10年間は減速を続け、5~6%成長率にまで落ちてしまった。過去のような成長は難しいので、量より質へとモデルを変えなくてはならないと感じています。

 さらに環境問題や貧富の格差も生じたので、鄧小平の先富論(豊かになれる人から先に豊かになればよいという考え方)に少し修正をかけて、習近平主席はみんなで共に豊かになる「共同富裕」と、脱炭素をめざす「緑色発展」を打ち出しています。この2つは中国版SDGs(持続可能な開発目標)に当たり、中国なりにサステナブルな形で経済成長と両立させようとしているのです。

村岡 そこで課題になるのが、イノベーションとのバランスですよね。中国経済の二分化は貧富だけでなく、都会と地方、民間企業と国営企業という伝統的なギャップもあります。イノベーションと社会の安定を両立させるためには、プラットフォーマー規制に代表されるように、矛盾含みの中で舵取りしなくてはなりません。

福本 中国のイノベーションに関して、神戸大学の梶谷懐先生が指摘されるように「権威的な政府と活発な民間経済は暗黙の共犯関係」にあると思います。権威的な政府は経済や企業を自らコントロールしたいのですが、改革開放40周年を経て民間経済を活発化させないと成長しないことも十分にわかっているので、ある程度は自由にやらせてきた。一方、民間経済も、政府は寛容な姿勢をとるだろうと見越して、規制のないグレー領域に足を踏み入れてきました。2010年代に急成長したのは、中国のデジタル経済が発展したからです。

 ただ、あまりにも自由にしすぎて弊害が出てきたのも事実です。中国だけでなくGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)にも言えることですが、たとえばプラットフォーマーが優越的な地位を利用して、小売業者に二者択一を迫ったり、差別的な価格を課したりする。あるいは、預金や融資、保険など金融機関と同じ商品性のものを出しているのに、プラットフォーマーには自己資本比率規制や預金準備率制度などの足かせがなく、競争面で不健全である。最近の規制強化の動きは、そのように緩くしすぎた部分の是正という部分が大きいと思います。

 ただし、私自身は今回の強化の動きで、暗黙の共犯関係が崩れるとは思っていません。過去にもこうした波は何度かあり、規制が強まれば、撤退したり新しい領域に行ったりと、民間経済もたくましいですから。中国は2035年までに経済規模を倍増させる計画があり、それには民間のイノベーションが不可欠です。今起きている現象だけを見て、一気に統制経済になったと思う必要はありません。

中国人のニーズを重視した地域密着型ビジネスが必要

村岡 中国経済の成長が今後も続く中でビジネスチャンスを考えたときに、日本企業にとっての課題は大きく2つありそうです。1つは政治的な問題、もう1つは中国市場における競争やビジネスモデルの問題です。政治面は自らコントロール出来ないのでリスクを総量で管理するなどするべきですが、それよりも大きな課題は市場での競争力の問題です。世界で一番成長スピードが早く、競争が厳しい環境の中で、劣勢企業が中国市場から撤退や縮小を余儀なくされる。中国で勝ち残るために、何が鍵になるのでしょうか。

福本 政治的な問題はそれなりに制約要因になりますが、競争力の問題が一番大きな要素だというご指摘には私も賛成です。中国市場では、良い製品を作れば売れるという考え方ではうまくいきません。中国の最終消費者や企業にどこまで買いたいと思ってもらえるか。それを重視した製品開発やサービスにするためには、現地人材の登用も含めて、地場に密着した商売をすることが鍵となります。

 たとえば、中国のEVの販売は2021年1~7月で150万台。前年の2.9倍と、明らかに火が付いています。しかも、従来の外資系と国有企業が提携した形ではなく、新しい地場プレイヤーが登場しています。五菱汽車が発売する50万円のEVは都市部のセカンドカー、サードカーとして若い女性にも好評です。一方、テック企業が出資するNIO(ニオ)のEVは800万円ですが、購入者はNIOクラブに入ってハイソサエティのサービスを受けられます。これが富裕層の感覚に合っていて、販売が伸びています。ユーザー・エクスペリエンスやデータ分析に長けたテック企業が参入する領域は、EVに限らず今後増えてくるはずです。日本企業はそういう世界で戦っていく必要があります。

 それから、習近平主席は国連総会で、2030年までに炭素排出量をピークアウトさせて、2060年までに実質カーボンニュートラルを実現すると約束しました。2005~2010年まで、中国の炭素排出量は年平均6%の増加でしたが、2011~15年は約2.5%、2015~20年は1.3%と確実に下がっているので、2030年目標は成長を続けながら実現できると自信を持っています。逆に、2060年目標はかなり厳しいので、今後の技術進歩や、先進国の取り組みの成果を取り入れようと思っているはずです。その中で日本企業として、どこに商機を見出すのか。この緑色発展に関する動きも頭に入れておく必要があります。

中国人が魅力を感じる日本の強みや価値とは?

村岡 中国にとって日本経済の重要性が薄れている中で、中国にはない価値を提供できなければ今後ますますスルーされてしまいます。ただ私自身は、日本には政治、経済、文化の自由に支えられた知的価値が歴史的に蓄積されていて、それが中国との付き合い方やビジネスでの勝ちパターンにも活かせるのではないかと思っているのですが。

福本 中国の知識人からよく指摘されるのは、日本はずっと縮小してきたと言われるが、実際に来てみると、豊かでみんな楽しそうに生活していることです。たぶん日本の戦後の発展の中で、他国ほど貧富の格差をつけない制度がかなり入っていたので、いつのまにか日本なりの共同富裕を実現している側面があるのでしょう。そこも含めて、中国の人たちは日本に憧れを持ったり、文化や社会の面でも、欧米モデルよりも日本モデルのほうが合うと思ったりする点はあるのでしょう。ただ、それがどこまでビジネスとして強みになるかは確信が持てません。

 たとえば、日本では今、半導体素材が強いのは、たぶん化学の世界にも、AIでは解析できない、日本の得意なすり合わせが必要な部分があるからです。半導体製造装置を設定するときの微妙なスペック合わせも同様です。中国市場の中で、日本が培ってきた強みを活かせる領域に十分に絞って、どう生き残っていくかを考える必要があります。

村岡 海外の人たちは循環型社会の良さを日本の価値として認めてくれています。日本人が当たり前のようにやっている気配りや文化について、親しい中国人から絶賛されたこともあります。単年度のGDPには社会インフラ、文化的な蓄積は反映されませんが、そういう部分にこそ、中国からも魅力として見られる価値があると私は思っています。

福本 IGPIはG(グローバル)とL(ローカル)の両方を応援するスタンスをとっていますよね。そこを結びつける要素の1つであるインバウンドは、コロナ後に激変すると思います。というのも、海南省では免税扱いで海外製品が買えるようになったので、今後は爆買いのような行動はなくなっていくのでしょう。その一方で、日本の地方に魅力を感じて、実際に見に行きたいと思っている人たちが増えているそうです。中国での動向や中国人の発想をわかったうえで、いかに売れるコンテンツにするかを考えていけば、ローカルでビジネスをする人も中国と関わっていけます。自分たちには見えなかった魅力さえも中国人が見つけてくれるかもしれません。

村岡 インバウンドが戻ってきたときに、そうした変化をいかに取り込んでいくのか。ローカルビジネスでも考えていかないといけませんね。

中国語×現地体験はグローバル人材にとってコストパフォーマンスが良い投資

村岡 ところで、「中国と」ビジネスをするときには英語でいいけれど、「中国で」ビジネスをするときには中国語が必要になるというのが、私の理解です。英語と中国語を一度に勉強するのは大変ですが、福本さんの個人的な経験も含めて、若い人たちに語学面のアドバイスをいただけますか。

福本 翻訳ソフトが発展していますが、中国で何が起こっているか、中国人が何を考えているかを理解するには、やはり中国語ができるかどうかの差はすごく大きいと感じます。私がいろいろな中国語の会議に呼ばれるのも、語学ができるからで、そこで得られる情報量はかなり違います。

 幸いにも、日本人にとって中国語は英語と比べて、コストパフォーマンスの良い言語です。私は大学まで中途半端に英語を勉強して、社会人になってから香港と北京に留学しましたが、中国語の能力は急速に上がり、1年足らずで英語を抜いたと感じました。発音はすごく難しいのですが、その壁を越えれば、日本と共通する単語も多い。中国語を勉強した後で、改めて英語を勉強すると、発音もよくなるといった相乗効果も出てきます。

 ただ経験上、英語と中国語を同時に勉強しないほうがいいですね。両方の言葉がぐちゃぐちゃになってしまうから。通訳ガイド試験のために1年間は中国語だけ勉強する。次の1年は英検1級やTOFLEのために英語だけを勉強するというように分けることをお奨めします。

村岡 非常に重要なアドバイスですね。私も以前、中国語を勉強したときに、漢字が強みになると感じました。ただ同時に勉強して、英語混じりの変な中国語になってしまった経験もあります。

 最後に、若い人たちに向けて、中国との付き合い方についてアドバイスをいただけますか。私は以前であれば、中国で起業すると良い経験ができると奨めていたのですが、今は政治も含めて環境が変わってきたので、中国のビジネススクールを経験するのもいい方法かもしれません。

福本 留学でもビジネスでも、中国に一度住んで、中国人と実際に触れ合ってみるといいと思いますね。たとえば、日本で報道されているニュースをみると、監視社会で統制されている印象を受けるかもしれませんが、中国人はかなり自由に言いたいことを話すし、統制や抑圧された感じも受けません。実際に行ってみれば、たぶん日本にいるときとは全く違う見方が得られると思います。

村岡 日本のメディアの中国報道を読んでいるだけでは、わからないことが多いのでしょうね。個人も企業もグローバルでビジネスをするためには、自ら直接中国を経験するか、少なくとも、福本さんのように中国通の方と組んだりする必要がありますね。これまでアメリカだけを経験してCEOになる人が多かったのですが、今後は中国も知らないと、グローバル企業のトップは務まらないのかもしれません。

福本 私はアメリカのハーバード大学にも在籍していましたが、隣国でアジアの文化を共有し、かつ、先進国として共通する部分もある日本人の中国通が中国をどう見ているのか、アメリカ人は関心が強いと感じます。逆に、中国に行くと、日本だけでなく欧米のことも知った上で、どう見ているのかと、中国の人も知りたがります。両方を経験するのはコストもかかりますが、途中からビジネスパーソンとしてシナジーが効いてくると思います。

村岡 中国とアメリカの両方を経験しておくと、将来的の差別化要因として効いてくる。これはぜひ多くの人に伝えたいですね。本日はありがとうございました。

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