IGPI’s Talk

#17 島田 由香×岡田 信一郎 対談

南紀白浜の空港型地方創生――「地域交流」ワーケーションで、個人の生き方と地域をトランスフォームする

コロナ禍をきっかけに、リゾート地でリフレッシュしながらリモートワークを行うワーケーションが広く知られるようになりました。IGPIが空港を起点とした地方創生(空港型地方創生)に取り組む南紀白浜でも、そのための場作りが進んでいます。個人の生き方を変革するワーケーションの真の魅力と地域活性化について、株式会社YeeY共同創業者/代表取締役の島田由香氏と、南紀白浜エアポート代表取締役社長/IGPI共同経営者(パートナー)の岡田信一郎が対談しました。

心地よい場所で働けば、生産性が高まる

島田 白浜は、私の人生の中で欠かせないほど重要な場所になっています。何と言っても、近い! 東京にいると、なんとなく距離が遠い印象で、白浜に空港があることも知らない人が多いと思いますが、一度こちらに来て体験すると、「こんなに近いのか」とみんな驚きますよね。

岡田 東京から飛行機で1時間。町への移動はたったの5分。それで都会のストレスから抜け出して、集中力や創造力を高められる。本当に良い場所だと思います。私は2018年7月に住民票を移したので、もうすっかり地元民です。

 こちらに来たきっかけは、アベノミクスで進めていた空港民営化です。私は関西国際空港の再建と民営化に携わりましたが、赤字の地方空港の民営化は大きな課題で、中でも南紀白浜は年間赤字が3億円にのぼりました。ただ、熊野古道などの歴史文化、温泉やビーチなどの観光資源が豊かです。国内での知名度は低いけれども、海外の旅行雑誌で世界5位に選ばれるなど、客観的な評価も高い。伸びしろが大きいので、関空の次に手掛ける案件としてぜひチャレンジしたいと思ったのです。そこでIGPIの仲間3人で提案し、IGPIに投資してもらいました。やると決めたからには不退転の覚悟で地域に根差すべく、3人とも現地に移住しました。

 島田さんとはコロンビア大学の同級生で20年来の付き合いですが、頻繁に白浜に来て、いろいろな人を連れてきてくれますよね。既にコミュニティがあり、もはや第2のふるさとのような感覚ではないですか。

島田 そうですね。いろいろな人が気軽に声をかけて下さいますし、「居場所があるな」と感じます。自分が心地良いと感じるところで仕事をしたいので、月の半分は和歌山にいます。ポジティブ心理学では、ウェルビーイングが高まる条件の1つが、ポジティブ感情を感じているときであることが分かっています。ハッピー、嬉しい、すっきり、ウキウキなど、ポジティブな気持ちでいるほうが脳が活性化し、生産性も高まるんですよ。

岡田 和歌山県では5年前からワーケーションの普及活動を行っていましたが、コロナ禍でテレワークや働き方改革が進み、ワーケーションの認知や裾野が一気に広がりました。

 その一方で、リゾート地でただテレワークして、きれいな景色を見て、リフレッシュできて良かっただけでは、我々の目指している地域活性化になりません。やはり地域との交流がないと、単なる観光と同じです。移ろいやすく、他に良い場所があれば離れてしまう。それよりも、ワーケーションという手段を通じて、地域の課題解決に関わってもらいたいんです。

 特に、マーケティング、IT、新事業開発などの分野は、都会と地方の知的格差はものすごく大きいと感じます。たとえば、東京の外資系企業でマーケティングを経験してきた20代、30代の人が、地方企業のマーケティングをサポートするだけでも、地元の人はすごく助かります。そこまで踏み込むべきだと。

島田 大賛成です。私も本当のワーケーションの意味を浸透させたくて、新しい働き方に共感する人たちの集まる「Team WAA!」や、dialogueという一般社団法人までつくりました。ユニリーバ・ジャパンでは、働く場所と時間の自由度を高める「Work from Anywhere and Anytime(WAA)」という働き方を2016年に制度にしましたが、特に場所を変えて働くワーケーションの効果を是非一人でも多くの人に知ってほしいと思っています。

一度空にして、新しい発想を取り入れる

島田 ワーケーションは、ワークとバケーションを組み合わせた言葉ですが、バケーションは休暇、休み、遊びの意味を越えて、「vacate(空にする)」という動詞の名詞形であることに注目してほしいと思っています。

 多くの人が日々の仕事に追われて、やらなきゃならないことでいっぱいの状態で生活しています。それを一度空にすることで、新しいものが入る余裕が出てきて、気づきも増えます。つまり、海を見て終わりではなく、海を見ながらやっていることで何かに気づく。自分の奥底にある、仕事への情熱、やりがい。これは全然好きではないという思いでもいい。それをしっかり感じて、受け止めることが大切です。それから、ワーケーションで来た人が、自分の持っている知恵や経験を地元の人に伝承することもできますよね。

岡田 その点でいくと、Team WAA!主催の「梅収穫ワーケーション」は素晴らしい企画ですね。和歌山は梅の産地で、日本のコンビニおにぎりの梅干しは100%紀州南高梅です。梅農家にとって一番のボトルネックが収穫。2週間くらいで一気に作業するので、人手が必要です。そこで、首都圏の人にその時期に合わせて、ワーケーションで梅産地のみなべ町に来てもらい、仕事の傍ら、ボランティアで梅の収穫を手伝ってもらおうと考えられた。ただ、島田さんが声をかけると、100人以上すぐに集まってしまうのは、すごいですね。

島田 梅の収穫は雨天決行土日なし、一人でも多い人手があれば助かる大変な作業です。今回の取り組みでは入れ替わり立ち替わり、総勢138人の方が来てくださり、11軒の農家さんで梅作業をさせていただきました。作業の対価としてお金をいただくのではなく、「vacate(空になる)」体験をさせていただく感覚なんです。

 町全体に梅の香りがして、アロマの効果もあるし、緑視率がとにかく高い。研究では、グリーンが10%以上見えると、脳全体がリラックスして、前頭葉が活性化することが分かっています。これは仕事にもすごく大切ですよね。それから、ITの得意な人が、農家さんが困っていたzoomの使い方やSNSのやり方を教えてさしあげたりと、収穫の手伝いにとどまらない出来事も起こっています。

 こうしたワーケーションについて、企業側は何を遊んでいるかと思うかもしれませんが、それは大間違いです。頭がすっきりして、次の日に起きたときの爽快感が違う。ただし、かがんで梅を拾うので、腰は多少痛くなりますが。

岡田 そこはテクノロジーでサポートできそうです。今回の参加したドローン技術者と雑談していたとき、掃除ロボットと同じように、梅を集めて籠に入れるプログラミングをして、さらにドローンで運べないかというアイデアが出てきました。そういう「空飛ぶルンバ」ができれば、一次産業の生産性向上につながります。

 私たちはIT企業と実証実験もよく行うので、そうしたドローン活用は夢物語ではないと思っています。たとえば、すさみ町で行った「空飛ぶカツオ」プロジェクトは、道の駅の食堂からスマートフォンで注文すると、3キロ先の漁港から無人ドローンで鮮度抜群のカツオが運ばれてきて、刺身を提供できました。同じ仕組みを使って、防災倉庫から避難所に物資を届ける実験も行いました。平時は観光で、非常時は防災で、同じテクノロジーが使えたのです。そうやって場面を変えて応用すれば、イノベーションが次々と生み出せます。

英知が交差する場でイノベーションを生み出す

島田 早稲田ビジネススクールの入山章栄先生が、イノベーションは近くの知と遠くの知の融合だと話されています。近くというのは距離もあるし、自分のことでもある。遠くというのは、距離の遠さ、関係のない分野、他人との接点です。いろいろな英知が交差する場、プラットフォームがあれば、両者の融合が起こります。白浜はその意味で、イノベーションの玄関口になってきていますね。

 ところで、バーバラ・フレデリクソンという科学者の拡張形成(broaden&build)理論では、脳はある状態のときに頭蓋骨内で物理的に広がり、新しい回路ができて、新しいアイデアが生まれたり、新しい関係性や仕事が可能になったりします。それは、どういう状態だと思いますか。

岡田 ハッピーな時かな。

島田 当たり! ポジティブ感情を感じている時です。幸せだと感じる場所で、自分のやりたいように時間を過ごし、「この結果を出してね」と任せられれば、本人のエンゲージメントは上がります。会社の経営層には、そういうワーケーションの効用や効果を信じてほしいですね。

 企業の課題の1つとして、いろいろな思い込みがあります。たとえば、仕事は会社でやるべきものだ、社員が楽をするのはよくないというのも、思い込みです。性悪説で、怠けるのではないかと心配するのではなく、「しんぱい」の「ぱ」を「ら」に変えて、相手を「しんらい」する。それが本当のパラダイムシフトです。信じてもっと任せたほうが、結果はついてきます。リーダー層が率先してワーケーションを体験するといいと思いますね。

岡田 そういえば、島田さんはリモートワークで、東京の自宅と白浜のホテルで同じ仕事をしていても、白浜にいるほうがチームへのコミュニケーションがマイルドだと言われたそうですね。

島田 そうなんです。気をつけているつもりでも、たぶんイライラしていたり、困っている気持ちが伝わってしまうのでしょうね。白浜にいると、すごく開放的でポジティブになれます。

岡田 私も怒らなくなりました。部下にとって、上司は元気で留守がいいのかも(笑)。

島田 一人ひとりがすごく満たされていて、ポジティブ感情を感じ、エンゲージメントが高ければ、全員がベストの仕事をする。そうしたら、絶対に売上も利益も上がる。すごくシンプルです。ワーケーションは良いことづくめで、なぜ多くの企業がまだやらないのかなと思ってしまいます。

 みんなから「島田さんだから、できるんだ」とよく言われますが、そんなことはありません。制度がないなら、つくってしまえばいい。会社に聞いて許可をもらわないと、何もできないというのは、思い込みです。自分が何をしたいか、自分の持っている強み、可能性をとにかく表現しまくって、結果を示せば、壁があっても突破できます。そういう新しいことをやる場としても、白浜はとてもいいと思います。

空港型地方創生で夢と希望を与えたい

島田 白浜はワーケーションの3大聖地の1つだと、私は勝手に決めているのですが、やはり空港の活躍が大きいですよね。そこに投資をしてしまうIGPIさんは面白い。

岡田 IGPIは誰もやっていないことをやるのが好きです。関空のときも空港民営化の1号案件でした。

 関空のように大きい空港は、IGPIの通常の再建手法を使って、営業方法を改善したり、無駄を削ったり、組織単体を立て直せばいいのですが、白浜空港はあまりにも小さくて、事業基盤もありません。空港を使ってもらうためには、和歌山や白浜を地域ぐるみでPRして、多くの方々に来ていただく。あるいは、地域を活性化させて地域の方が東京に行くようにする。「空港の発展は地域の発展から」というコンセプトで、時間をかけて地域を耕そうと、観光とビジネスの両軸で人を呼び込む活動をしてきました。

 地域活性化のバロメーターの1つは平均所得で、それをいかに高めるかも、我々の空港型地方創生の重要な視点です。多くのリゾート地には季節変動があり、白浜の場合、観光客が多いのは週末と夏場だけ。ホテルは閑散期に合わせて正社員の数を決めて、忙しい夏はバイトや契約社員で間に合わせる。だから、賃金もサービスレベルも高まらないのです。ワーケーションは平日や閑散期にも人が来てくれるので、季節変動をなく平均所得を底上げするための1つの戦い方になります。

島田 地域活性化では、よそ者との触れ合いも大切ですよね。自分の強みは自分で分からないのと一緒で、そこに住んでいる方には、その地域の魅力は分かりにくいものです。だから、外部から来た人に「これはすごい」と言われて初めて気づく。それを見聞きした自治体職員がどう動くかが、次に重要です。そこに地元の事業者、住民の方、外部の人が融合すれば、その地域はすごく発展します。その際に大きな差を生むのが、各首長のリーダーシップやコミットメントだと思います。

岡田 確かに、異物感のあるよそ者を受け入れて、地域に取り込もう、仲間にしようとする、多様性に対する寛容性があるかどうかで、違いが出てきます。我々の会社は、東京も知っているけど、地域にも根差しているので、クッションのような役割を果たせると思います。

島田 白浜は可能性の宝庫で、私はここで人生を変えてもらいました。イノベーションハブ、かつ、近隣から広域まで和歌山を盛り上げていく中心の場所として、今後が楽しみですね。

岡田 私たちの会社が目指しているのは、空港を超える空港です。特に、地方空港は軒並み赤字で、行政にとってお荷物になっていますが、本当はそうではない。離れた地域の成長を取り込むことができる優れたインフラ。空港を使って地域を活性化できるモデルをつくって、他の地域にも夢や希望を与えられればと考えています。そのためにも、島田さんとは一緒にいろいろな活動をしていきたいと思いますので、今後もよろしくお願いします。


(撮影協力:株式会社Chapter Two)
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