IGPI’s Talk

#25岡島悦子×望月愛子 対談

女性社外取締役が本音で語る 持続的な「稼ぐ力」を生み出すコーポレートガバナンス

東京証券取引所の再編や各種要請を機にコーポレートガバナンス強化の動きが加速する中、企業の業務執行に関わる最高機関である取締役会における社外取締役の重要性が増しています。さまざまな企業で社外取締役として活躍する株式会社プロノバの岡島悦子氏とIGPI共同経営者の望月愛子が取締役会の役割、社外取締役の要件、多様性が企業に何をもたらすかなどについて対談しました。

変わる日本企業のガバナンス体制

望月 岡島さんは自ら取締役を務めるご経験が長いとともに、マネジメント人材の育成やコネクティングにも尽力されてきましたが、日本企業の取締役会は最近変わってきたと感じますか。

岡島 これまで上場8社で社外取締役を経験しましたが、2021年にコーポレートガバナンス・コードが改訂されて以降、ドラスティックな変化を感じます。それもガバナンス機構を変える話だけでなく、取締役会のあり方、アジェンダ・セッティング、メンバーの構成も含めてベストな取締役会を模索しながら、各社がアップデートしています。特に大きく変わったのが、取締役会の果たす機能の1丁目1番地であるCEOの選解任だと思います。

望月 今までは現社長が次の社長を決める権利を持ち、その決定に逆らえない雰囲気でしたよね。ただ、コーポレートガバナンス・コードに沿って社外取締役を含む指名委員会を設置しても、うまく機能しない企業もありそうです。

岡島 従来の社外取締役の御三家は、弁護士、会計士、大学教授。その道のプロフェッショナルではありますが、経営経験が少ないので、モニタリングに徹し、トップの選任は執行側が挙げる人を追認する仕組みになっていました。一方で、創業家の事業承継であったり、非連続の成長のためにビジネスモデルを転換するようなケースでは、執行側が選ぶ人が最適解かどうかを議論することが重要になっています。そういう議論をして選解任を合理的に決定できるのは、社外取締役が過半の指名委員会だと思います。

ただ、ご指摘のように限界もあります。私自身は自らリーダーシップ研修を実施するなどして、社内の候補者をかなり解像度高く把握する機会がありますが、そうではない社外取締役にとって、執行側が示す候補者リストは記号にしか見えません。執行側の見立てや評価に頼らざるをえないのは、指名委員会の構造上の難しさだと思います。

望月 それでも取締役として任命を受けた以上は何事も責任を持って取り組む必要があり、良い取締役会は普段から本音で経営の議論を尽くしています。何が起こるか予測不能なのが経営の現場ですが、いざ何かが起きた際にどれだけ迅速かつ的確に動けるかは普段の議論次第です。有事に何もできず、言われるがままの取締役では意味がありませんから。

岡島 私が社外取締役をしている丸井グループでは、取締役会は中長期の戦略立案にフォーカスし、短期の戦略立案と実行は執行側に権限移譲しています。役割分担が明確で、取締役と執行との信頼関係もあるので、取締役会では議案の決議だけでなく、協議事項にもかなり時間を使うことができていて、良い方法だと思います。

受託者責任の重みとしびれる意思決定

望月 執行との信頼関係を築くうえで重要なのが、「それって本当ですか」という意見を真っ直ぐに持ち込むことです。IGPIではよく「常識を疑え」と言うのですが、そこに社外取締役の存在意義があります。その一方で、アドバイザーとの違いはどこにあると思いますか。

岡島 社外取締役に求められる役割は、取締役会のステージによって異なります。最初はマネジメントボード。スタートアップなどでは、売上目標やKPIの設定、営業の方針など執行に近い議論をします。次がアドバイザリーボード。中期計画や決算発表資料を見て、改善点や質問対応などアドバイスをします。第3ステージはモニタリングボードで、KPIをチェックします。第4ステージがイノベーションボードで、中長期戦略に外部の視点を入れます。社外取締役は時間的にも空間的にもメタ認知の視点でバリューを出すことが求められます。アドバイザーはあくまでも意思決定のお手伝いですが、社外取締役は付託されている株主のために意思決定する権利と責任があり、そこが両者の本質的な違いです。

望月 私はIGPIでコンサルティングという形で大企業へのアドバイザーの仕事をし、30代後半に初めて上場企業の社外取締役を経験しました。それまでは役員の方々に意思決定を迫っているだけだったのですが、自分が意思決定をする立場になって責任の重みを痛感しました。

岡島 取締役会で扱う議案には必ずトレードオフがあります。買収、撤退、リストラなど、やってもやらなくてもリスクがあり、誰も正解を持っていません。いろいろな観点から議論し、最後に待っているのが、しびれる意思決定です。

望月 しびれると同時に、それだけやりがいもあります。そうやって一緒に意思決定するのが取締役会を1つにすることだと実感します。

岡島 そうですね。以前、マネーフォワード社外取締役の田中正明さんから教えていただいたのが、コリジアリティ(同僚性)という概念です。取締役はそれぞれの専門性に立脚しながら、企業価値を上げるために同じ方向性で本音の議論を戦わせる。対立した意見も出てくるけれど、意思決定を昇華させていくバディなんだと。そういう信頼感の醸成がすごく重要ですね。

お飾りでは務まらない。重要なのは、良い問いを出す力

望月 良い取締役になるためには、どのような能力や経験が必要だと思いますか。

岡島 事業理解度は非常に重要ですが、そこでは執行に勝てません。私の経験で言うと、自社のコアコンピタンスなど抽象度の高いことは理解できても、意思決定に資する事業理解度に到達するまでに2年くらいかかります。一方で、そこは執行が担保しているので、ほかに貢献できることがあります。たとえば、私の専門は組織開発ですが、組織開発の方法論については各社に共通する汎用性がそれなりにあるので、指名委員会で共通解として差し込めます。それから間違いなく重要なのが、良い問いを立てる力。株主やステークホルダーの立場で何を知りたいのか、どう説明責任を果たせるかに立脚して、仮説を立てられることだと思います。

望月 岡島さんは組織開発がご専門ですが、ファイナンスやM&A関連の議論にも積極的に参加し質問をされています。そうした知見はどこで身につけたのですか。

岡島 実はキャリアスタートが三菱商事のコーポレートファイナンスで、レバレッジドバイアウト、ベンチャーキャピタル投資などを扱う部署に4年間在籍しました。その後、コーポレート・アカウンティングの部署で約600社の連結決算やIRを担当しました。ハーバード・ビジネススクールに留学した経験も大きいのですが、やはり三菱商事時代の経験が効いているなと思います。

望月 仮に専門は組織開発で、ファイナンスの経験が全くない場合、社外取締役になるのは難しいと思いますか。

岡島 たぶん厳しいですね。というのも、執行の方々がPL(損益計算書)脳で、コーポレートファイナンスが弱いケースが比較的多いからです。特に、営業畑で昇進されてきた方はBS(貸借対照表)がわからず、マネジメントボードのステージでは社外取締役がかなりサポートする必要があります。その後のステージでは、資本市場との対話が必要になります。私自身はアクティビストと1on1で対話したり、機関投資家向けミーティングで話すように求められたりすることが多いのですが、そうした場ではかなり突っ込んだ質問をされます。

望月 社外取締役であることにステータスを感じたり、取締役会にお飾りで集まったりするような姿勢では務まりませんね。社外取締役は訴えられる可能性もありますから。

岡島 善管注意義務なども含めて極めて責任が重い仕事なのに、「上がり」のキャリアとか、お気楽なキャリアとか思われていることは、私も少し苦々しく思っています。実際には、IGPIの仕事と同じで、総合格闘技ですよね。いろいろな局面やイシューについて課題解決をしなくてはならないので、専門性の深さと幅広さを備えたT型人材が求められます。

固定観念を捨てれば、女性はもっと活躍できる

望月 先ほど、コリジアリティの話がありましたが、多様性というキーワードも日々目にします。多様性は本当に持続的に稼ぐ力につながると思いますか。

岡島 現在の企業が直面している2つの大きな課題があり、1つは労働人口の不足。2040年に1100万人不足するという予測があり、1人1人の生産性を上げて、労働市場から選び選ばれる会社になるために、インクルーシブさを組織に持たせて働き方や会社のあり方を再定義しなくてはなりません。2つ目が、非連続な成長をしないと、会社は死んでしまうということ。非連続の成長を実現するためには、多様性が効きます。今までの成功パターンとは異なる多様な視点や着眼点から、これまでのやり方でいいのか、オポチュニティロス(機会損失)はないかと問わなくてはなりません。

そこで悩ましいのが、スキル・マトリクスで取締役の強みや役割を表す話です。マトリクスでわかるのは、弁護士は法務に、会計士は経営管理に強いといった属性レベルに留まり、多様な視点の有無は確認できません。たとえば、望月さんは会計士のバックグラウンドがあり、経営管理、ファイナンス、M&Aなどに詳しいですが、経営戦略や実行支援も豊富に経験しています。これは属性だけではわからないことです。

望月 確かに、マトリクスの会計スキルに丸をつける方法だと、世の中の会計士全員が同じになりますね。最近では取締役会の多様性を確保するために、女性の登用が増えていますが、良く言われる「多様性×女性」についてはどう思われますか。

岡島 人口の半分が女性で、優秀な方も多いのに、どこかでボトルネックがあるので、「2030年までに女性管理職比率30%」という多くの企業が掲げている目標は、日本社会全体でなかなか達成されません。これは先ほどの企業課題の1つ目の話で、働く一人一人の生産性を上げるためにも、女性の活躍を阻害しているアンコンシャス・バイアスを外す必要があります。2つ目の非連続の成長の実現のためには、女性活躍推進というよりも、女性も含むマイノリティの視点、つまり、従来とは異なる視点を経営に入れることが大切です。モノカルチャーの50~60代の男性が多いJTC(Japanese Traditional Company)ではPDCAを回せないので、マイノリティの中で一番大きな塊である女性の登用から始めて、どうしたら非連続の成長が起こるかという仮説検証中なのだと思います。

望月 女性の活用に関して、いろいろな会社を見てきて疑問に思うことの1つが、それまでのキャリアに関わらず育児中に一律的に企画部門などに配属する傾向があることです。本人の希望ならいいのですが、それを確認することもなく、この時期にこの仕事は無理だと決めつけてしまう。育児中も以前と同じ部門で仕事を続けられる仕組みを考えたり、もっと選択肢を増やしたりすればいいと思うのですが。

岡島 そうですよね。私はリクルートでCareer Cafe 28(28歳前後の女性社員向けのキャリア形成支援研修)を行っていますが、あれだけポジティブシンキングな社風でも、ライフイベントが来たら、現状の時間の使い方や働き方は続けられない、マネジャー職は無理だと思う、という声が出てきます。それで任用基準をすべて変更したのですが、本人も含めて会社全体で働き方やリーダーシップに対する固定概念を変えないといけません。それから、望月さんのご指摘にもあったように、育休前後にちょうど管理職になった女性社員が、復帰後に別の部門に配属になることも多いので、そうなると、子育て、管理職業務に加えて、その職種も初めてとなり、負荷が高すぎると思います。そのため、20代で例えば「営業、営業企画、人事」と3つくらい仕事の種類を経験できると、育休後に戻れる場所が3つになり、自分の働く時間を設計できる選択肢が増えると思います。

望月 キャリアでも常識を疑うことが大事ですね。社外取締役を志望する女性も多いと思いますが、取締役会の場に女性が増えたらいいと心から思うと同時に、ファッション感覚で社外取締役を目指す不穏な動きが一部あることは非常に悲しい限りです。岡島さんは「どこか社外取締役になれる先を紹介してくれないか」と言われませんか。

岡島 残念ながらよくありますが、男女を問わず、経営がわからない人は紹介できませんよね。その一方で、最初のきっかけは大事です。1社で社外取締役を経験し、然るべき貢献をすると、その後も他の会社から候補者としてお声がかかるケースもありますから。だから、私は自分が取締役をする企業では、私が抜けた後を託せるように、なるべく若手の素晴らしいプロフェッショナルの方々を候補者としてノミネートするようにしています。

望月 初めての仕事に対して、この人なら任せてみようと思われるのか、経験がないから無理だと思われるのか。その違いはその人のアンテナの張り方にあると思っています。年齢やジェンダーを含めて多様性のある場に自ら入っていき、いろいろ吸収することでほかの仕事にも活きてきます。

岡島 それは大事ですね。私は2014年に2社で社外取締役を始めましたが、10年経験しても、何が取締役としてベストのパターンなのかは模索中ですし、学ぶことがたくさんあります。社外取締役、自分の会社の経営、子育てに追われ、常にフル稼働していますので、実は岡島悦子は3人いるのでは、という「岡島3人説」もあるほどですが、そうやって頑張れるのは5歳児の娘がいるから。娘が社会人になったときに、「ママの時代より私たちの時代の方が良いね」と言われたいので、サステナビリティ、ウェルビーイング、人的資本経営などを軸に、未来の世の中に貢献したいという想いがあります。

望月 岡島さんと初めてお会いしてから15年以上ですが、いつもフレッシュで変化していく岡島さんのパワーの源はそこにあるのですね。会社が良くなれば、ひいては世の中が良くなります。IGPIも含めて自分が関わる会社を変えていけるよう、私自身も頑張っていきたいと思います。今日はありがとうございました。

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